診察せず薬剤投与していいの?

『院内トラブル・スケッチ402005年版』より
著者:楡一郎

ACT 1

「例えば結核の患者がいたとする。その患者が電話で、忙しくて来院できないから薬だけ送ってくれ、あるいは処方箋だけ送ってくれと依頼したとする。この場合、どう対処するのが正しいと思うかね?」
新人の3人娘(浅田、菊池、工藤)に対し、終業30分前の〝基本医事講座〟で、いきなりこう訊ねてみた。
返ってきた答は、
三人「主任に電話を回しまーす!」
なるほど…。
――などと納得してる場合じゃない。彼女らのペースに乗せられちゃいけない。
楡「僕がいなかったらどうする?」
浅田「誰か先輩に回しまーす」
楡「先輩もいなかったら?」
菊池「しょうがないから課長に回しまーす」
(彼女らもなかなかしぶとい。)
楡「課長もいなかったら? つまり医事課にほかに誰も人がいなかったらどうする?」
工藤「そのときは医者の先生に回しまーす」
楡「医者もいなかったら? つまり病院にほかに誰もいなかったらどうする?」
3人、顔を見合わせている。
(どうだ、追い詰めたぞ!)
浅田「主任…」
楡「なんだ?」
浅田「そのときは病院、やってないんじゃないでしょうか?」
………。

 

ACT 2

仕切直しだ。
「とにかく電話を回すのはナシだ」とクギを刺し、質問をもう一度繰り返す。
浅田「主任、1つ質問していいですか?」
楡「ああ」
浅田「その患者さん、男ですか、女ですか?」
楡「どっちだって構わんが…」
菊池「どっちだって構わんじゃ困ります! どっちなのか、はっきりしてください!」
楡「あ、ああ、じゃあ、男にしておこうか」
工藤「年はいくつぐらいですか?」
楡「――それは答と何か関連があるのかね」
浅田(きっぱり)「もちろんです!!
楡「――それじゃ60歳にしておくか」三人「ええーッ、60歳なんですかァ?」
楡「60歳じゃ不満かね?」
菊池「そりぁ、もう少し若いほうが、ねえ」
工藤「24、5歳なら、こっちも対応のし甲斐があるってものですけど、60歳じゃ、ねえ」
楡「それなら、まあ、24歳ということにしておいてもいいが――」
浅田「で、学歴はどうなんでしょう? 大学は出てるんでしょうか?」
楡「大学?」
菊池「年収はどのくらいなんでしょうか?」
楡「――年収って、あのネ」
工藤「身長は高いんでしょうか?」
浅田「車は何に乗ってるんでしょうか?」
菊池「結婚した場合、親と同居するんでしょうか?」
………。

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ACT 3

さっきの質問について、一応、答は聞いてみる。
浅田「薬を郵便で送ってあげまーす」
菊池「私は処方箋を送ってあげまーす」
工藤「処方箋をFAXで送ってあげまーす」
――ま、こんなところか。
というわけで、講義に入る。
楡「〝クスリはリスク〟と言われるように、薬には副作用がつきもので、使い方を誤ると非常に危険です。したがって、医師法20条には〝無診治療等の禁止〟、すなわち〝医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し、診察中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りではない〟と規定されています。――したがって、最初の質問に関しては、電話でソバやピザのように薬や処方箋を注文されても、医師の診察がない以上、あるいはとくに医師の指示がない以上、受け付けるわけにはいかないのです」
ここで言葉を切り、3人を見る。3人ともそれらしく頷いてはいる。一応、僕の音声は物理的には耳に入っているのだろう。しかしそれが言語中枢にまで到達しているのかどうかは大いに疑わしい。――試してみよう。
楡「したがって薬には副作用がなく安全なので、医師の診断などなくてもドンドンあげちゃっていいのです。わかりましたね?」
三人(元気に)「ハーイ!」
――試すんじゃなかった…。

 

ACT 4

気を取り直し、〝物理的〟講義を再開。
楡「なお、1回の投薬量に関しては、〝保険医療機関及び保険医療養担当規則〟の20条に、〝投薬量は、予見することができる必要期間に従ったものでなければならないこととし、厚生労働大臣が定める内服薬及び外用薬については1回14日分、30日分または90日分を限度とする〟と定めています。また処方箋については、〝使用期間は交付の日を含めて4日以内とする〟と定めています。――と、ここまでで何か質問はありますか?」
三人「ありませーん」
楡「それでは、完全に理解したと考えていいんだね?」
三人「ハーイ!」
楡「では、確認の意味で質問しますが」
三人「ウソ」「ヤダ」「シンジランナイ!」
楡「風邪をひいたという人が初めて来院し、窓口で、急用で診察の順番を待っている時間がないので、薬か処方箋だけ欲しいと言ってきました。この場合は、どう対応しますか?」
浅田「隠れます」
菊池「逃げます」
工藤「死んだふりします」
――山の診療所か、ここは?
 
A5判/1,500円+税
『院内トラブル・スケッチ402005年版』の詳細は下記から
http://www.igakutushin.co.jp/Products/detail/29

最終更新日:2018年07月11日

カテゴリ:アカシア病院物語